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zoom RSS 沈黙、未来花束、ポバティーinc、NET、アンチポルノ

<<   作成日時 : 2017/02/08 23:23  

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2017年2月1日 TOHOシネマズ川崎
『沈黙ーサイレンスー』 (マーチンスコセッシ)

The Silence 2016年 米 2時間42分 原作:遠藤周作 脚本:ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ 撮影:ロドリゴ・プリエト 出演:アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、キアラン・ハインズ、リーアム・ニーソン、窪塚洋介、イッセー尾形、塚本晋也、笈田ヨシ、浅野忠信、ほか
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新しい一神教を信じることも、旧来の土地の風土と文化を守ることも、正しい。

自らの信念を貫き通し身を捧げることも、自らの命を捨てることを拒否して逃げることも正しい。

踏み絵をかたくなに拒否して拷問を受けることも、「形式だけだから」と踏んでおいて帰依する心は頑として変えないことも、どちらもありだ。

為政者がキリシタンを皆殺しにするのではなく、形だけの踏み絵を行って免罪符にすることも正しい。

パードレ(神父)が信者の代わりに身を捧げて死んでいくのもわかる。

しかし、「どんなに迫害を受けても辛い拷問を受けても、棄教することなんてありえない」という命題だけは間違っていた。

神父が自分の棄教を迫られて弟子たちが拷問されるのを目の当たりにして、その死を見過ごすとすれば、本末転倒だ。なんのための宗教か。
「信じて死ねばあの世で救われて幸福になる」なんてことを言い通せば、それは妄執カルトでしかない。

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踏み絵を踏んだがゆえに放免され、踏まなかった自分の家族が生きたまま焼かれるのを目にしながら断腸の思いで逃げたキチジロウ。
精神を病みそうになりながらも贖罪の気持ちを捨てず、でも踏み絵のたびに踏んで放免されることを繰り返す。
それはキリシタンのなかで「弱い人間」とされるが、しかし信仰心の強さの証しでいえば、踏み絵を踏んだことをとやかく言うよりも、火炎地獄に投じられた家族の断末魔の絶叫を耐え忍びなお信仰心を持ち続けるキチジロウは、何よりも強いと言うこともできるではないか。

そんなキチジロウと相対するロドリゴ神父は、信徒たちを見殺しにすることの苦痛に耐えることは当然できない。
このとき、実はキチジロウの方がロドリゴ神父よりも格上の苦痛を体験している。
このあとロドリゴ神父は初めて気づくのだ、自分がいかに強くとも、信徒の死を自分の死に替えることができないと。
自分のために信徒が死にゆくことは道理に悖ると。

最後、棄教を自他ともに認めた存在のロドリゴの元に、数年後キチジロウがまた現れ、二人は対峙する。
布教も告悔もせずに過ごしてきた二人にとって、キリスト教への帰依を示すものは何も持たなかったはずだ。
それでも変わらぬ信仰を持ち続けていたとしたら、その「心」だけで帰依していることになるのなら、今まで踏み絵や拷問などを受けてきた人々は何のために耐えていたのだろう。

小乗仏教のような自己解脱も同然になっているではないか。
神という高次元のメタ的存在を想定することで自分を俯瞰すること。
そうして客観的に自分を省察することを目的にするのなら、十分に達成しているはずだ。

この時代にキリスト者でいることは、恩寵や救済どころか、人にとって苦難そのものであるように見えるが、もっとそれぞれの心の中でだけそっと信仰心を育てていく方法があったのではないか、と思えてならない。

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さて、スコセッシの映画術については、今回は思いのほか演出は過剰ではなく、音も映像も比較的抑制的だった。
おかげで2時間40分、集中して観ることができた。

さてさて、作品中のポルトガル人宣教師たちが英語を喋っていたのはどう思われたでしょうか。
ハリウッドだから仕方がない、違和感はない、という方も多いでしょう。
では、日本人キリシタンが「パライソ」「デウス」と言っているのに宣教師が「パラダイス?」「ゴッド?」と言い直すのはナンセンスですよねえ。
その辺のことも含めて、上記の東京新聞に取り上げられていたのでご参照を。


★★★★



2017年2月4日 TOHOシネマズ・シャンテ
『未来を花束にして』 (サラ・ガヴロン)

Suffragette 2015年 英 1時間46分 脚本:アビ・モーガン 撮影:エド・グラウ 出演:キャリー・マリガン、ヘレナ・ボナム・カーター、ブレンダン・グリーソン、アンヌ=マリー・ダフ、ベン・ウィショー、メリル・ストリープ、ナタリー・プレス、ほか
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suffrageとは参政権のこと。
suffragistは女性参政権論者のこと。
原題のSuffragetteは、最後にアクセントが置かれ、女性を表す接尾語がついてマイルドな印象だが、こと参政権についてはその昔、女性がそれを論じること自体が過激なこととされ、この単語は「過激な急進的女性参政権活動家」という意味になる。

道理で物語は予想を超えて、過激派の活動を追うことになる。
1912年のイギリス。
「言葉より行動を!」
というスローガンは、すでに50年間続けているこの運動の女性カリスマ指導者の行き着いた結論。
「無抵抗不服従」では何も変わらない、それほど女性は虐げられていたということ。
子供を産み育てるという点では重宝されていたのに、徹底して見下されていた。

でも、人口の半分は女性。ストライキという手も無くはなかっただろうが、女性たち自身の意識もまだまだ未熟だったし、教育も受けていなかった。


映画は、エモーショナルなヒューマンドラマとしては非常によくできていて、感動する。
キャリー・マリガン演じるいたいけな若いママさんが、気弱ながらも権利意識に目覚め、恐る恐る活動に加わり、旦那に心配され、そのうち愛想を尽かされ、職場から追放され、何よりも可愛い盛りの息子と会えなくなる悲しみと屈辱に打ちのめされながらも、破壊活動に傾倒していく様子を、感情移入を十分にさせて見せてくれる。

彼女が工場長との不義の子かもしれないと暗に匂わせるニュアンスもちょうどよいし、物語に深みを与えている。

息子との別れのシーンなど、子役とマリガンの演技が実に上手いし撮り方も絶妙。
イギリス映画だが、ハリウッド系映画の手練れの技に流石と留飲を下げる瞬間だ。

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そうやって情感が高まる一方で冷静に考えてみると、過激派の活動が肯定される可能性にも気付くので、そこは一歩引きたい。
爆破を遂行したり、最後は命を捨ててあんなことも!
そうしなければ注目さえ浴びなかったというのは本当だろうが、そこを作品のクライマックスにするとは、少し驚く。
まあこれを見て過激派になろうとは思う人はあまりいないだろうけど。
この映画を見て感想を話しているうちに「共謀罪」が適用されるような世の中になってしまわないようには重々気を付けなければならないが。

あくまで見どころは、今はあまりにも当たり前になり、疎かにさえされる程になってしまった女性参政権が、かつてこれほどの闘いによって勝ち取られたということを身に染みて感じる必要があるということである。

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ところでこの作品の宣伝ポスターが、日本向けに変えられている。
胸のバッジも、下方に配置されているデモシーンも消されている。
ずいぶんわかりやすい改変だ。
「抗議デモ」自体のイメージに女性が敬遠してしまう恐れを感じたのか。
だとすれば配慮しすぎだ。
タイトルに関しては直訳の「過激な急進的女性参政権活動家」のままじゃ、いくら何でも奇天烈だからソフトにしたいのはわかる。
『未来を花束にして』ではあまりにも、という声は多いけどね。
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★★★★



2017年2月4日 ジャック&ベティ
ポバティー・インク ーあなたの寄付の不都合な真実ー』 (マイケル・マシスン・ミラー)

Poverty, Inc. 2014年 米 1時間31分 
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自分の善意が偽善になってるの!?

いくつかの慈善団体やNGOには、ささやかながら寄付を毎月引き落としにしているし、甚大な災害時には一時的にまとまった額を送ってきたが、そこを根底から見直さないといけない、というなかなか重大かつ目ウロコな内容。
膨大な取材と情報量と図式化で、超労作。

純粋な「善意」が、ビジネス化した一部の団体の営利にしかなっていない、しかも現地の復興と産業発展の妨げになっているとしたら?!

昨年、NHKBSのドキュメンタリーで、U2・ボノの貧困救済活動と現地から見た矛盾を取り上げていたのを見たことがあった。
報道で取り上げられない陰の部分にスポットを当てると、「支援」が逆に「障害」になってしまっているという問題に突き当たる。
「慈善」が売名という「偽善」になりやすいセレブにとっては、なおさら苦悩しただろう。

この映画(2014年)の方が先に作られたのだろうが、テーマは同じだ。

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甚大な被災があれば、人は善意で動く。慈善団体は、現地と世界中の善意の人々を結ぶ。
しかしシステムは神の手で動かない。
慈善団体(企業)がグローバリズム的商業主義で動くのを止めるのも困難だし、たとえ純粋な善意だけで動いても、タイミングと流れと終点を間違えれば台無し。
それを交通整理するシステムがない。

ハイチだけで1万ものNGOが存在するというのだから!
結果的に世界的「貧困ビジネス」になってしまっているのだ。

営利団体もすぐに入り込んで「途上国開発」を始め、今や数十億ドルの巨大産業にまで成長し、自分たちが先に発展してしまうのだ。

大震災後のハイチやアフリカ諸国を主に取り上げ、現地で長く復興支援に勤しんでいる実に多くの人々を取材している。
彼らが口をそろえて言うのが、
援助のせいで自立できない
ということ。
震災後3年たっても支援米が届く。
たまに卵が大量に配給される。
グローバル企業が自社の靴を無償提供し続け、賞まで授与される。
現地の人々が生産に励んでも店や工場を起業しても、売れない、価格が下がる、結局廃業に追い込まれる。
支援団体(企業)がライバルとなり市場で勝ってしまうのだ。

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あるいは孤児院の子供たちの大半に両親が存在するという事実。
ブラッド・ピットアンジェリーナ・ジョリーなどのセレブによって知れ渡った養子の里親制度という社会貢献も、実は多数進出する孤児院と貧困にあえぐ親との取り引きによって成立する一種の貧困ビジネスという背景があるというのだから、また失望する。

これも、当の親たちが「仕事があれば子どもを手放したりはしない」と断言するように、貧困家庭への支援の内容が間違っているのだ。

「いつまでも自立できない可哀そうな人々だとどうして思えるのか?」
という率直な疑問が現地からぶつけられる。

それでは、今支援している寄付や里親をすべてやめればいいのだろうか?

この映画は「それぞれの寄付の行き先を見極めて判断してほしい」と言うが、そこ止まりだ。
それは難しいでしょ、一般人には。

せめて、ユニセフ、プラン・インターナショナル、国境なき医師団などの有名どころの実態を具体的に教えてくれないと。



2017年2月5日 ジャック&ベティ
『The NET 網に囚われた男』 (キム・ギドク)

The NET 2016年 韓 1時間52分 製作・脚本・撮影:キム・ギドク 出演:リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、イ・ウヌ、ほか
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初めてキム・ギドク作品を見た人にはどう見えるのだろう。
これほど毒を含んだ皮肉な話なのに。
今作はギドクが異端児に見えない。

韓国と北朝鮮の存在そのものがもっとも皮肉であり、北と南の運命以上に奇怪で滑稽で残酷で矛盾に満ちたものはない、ということが思い知らされるのだ。

暴力は烈しいが過激というほどでもなく、逆説的な知略も要せず、ストレートに切れ込んでいる。
表現手法も、言葉にできないナイーヴな芸術性や、切実さをつついてくる情緒性も以前ほどではなく鳴りを潜めている。

北と南に翻弄される市民をデフォルメして端的に描くには、むしろ一人の漁師をボートでちょいと国境線に押し流してやるだけでいいのだ。
あとは残酷な「国家」という愚の骨頂が、サンプルを試験管の中でオートマティックに振り回して弄り回して放っておけば、主役が線香花火のようにささやかに派手に、始まって終わってくれるというわけだ。
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★★★★



2017年2月5日 ジャック&ベティ
『アンチポルノ』 (園子温)

2,016年 日 1時間18分 脚本:園子温 出演:冨手麻妙、筒井真理子、ほか
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園子温の宣言通り、これはポルノではない。
主演の冨手麻妙(とみてあみ)はグラマラスな割にちっともイヤらしくないし。
そもそもイヤらしい淫猥な映画を作ろうという意図がないから仕方がない。

「勃たない」ということ。
「アンチポルノ」のアナグラムは「チンポあるの?」
ということ。

あえていえば、明るいポップな部屋のなかで話している途中でやおら「脱いで」と言われて躊躇なく脱ぐシュールな状況は、「視覚的記号」こそがポルノグラフィである男子の本能には変態的センサーを刺激したりするものだが、「意味」や「ムード」に興奮を覚える女子の本能にはちっとも官能的ではない。

それはすなわち、「情緒」や「物語」を重視する「日活ロマンポルノ」とは相反するということだ。
(この映画は日活ロマンポルノの再起動企画として作られた作品群のひとつ)

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見どころはたとえばSとMが一瞬でひっくり返るところ。
ドSの冨手がひとりよがりに独白しつつ演じる虚構が、監督の「カット」の一言で突如自信喪失のダメ女優に戻り、全裸で四つ這いをさせられていたドMの筒井真理子が一転してドSの先輩女優としてふんぞり返り暴力を浴びせる。

この虚構反転劇場は「メタ映画」的興味をそそらせるには十分。
でもこれは自閉的空間における自閉的女の子の、寝ても覚めても虚構が別の虚構に入れ替わるだけの妄想劇場でもある。
部屋から一歩も出ない主人公が「出口はどこ!」と叫ぶラストまで、監督園子温の潜在意識が顕在化したものかもしれない。
意図的にしろ無意識的にしろ、偏執狂的妄想と分裂症的展開が交叉して、箱庭療法のように綺麗に可視化されたように見える。

監督の創作意欲を、ただスクリーンをキャンバスに見立てて自由に噴出させたアート&ポエトリーの実験なのかもしれないが、監督持ち前の(精神病理学的?)アナーキーさが、卑俗で淫靡な方向ではなくパンク&ドライな方向で炸裂したものだということは言えそうだ。
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★★★☆

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「The NET 網に囚われた男」
様々なことを考えさせられる。豊かさとは何か。自由とは何か。北と南とそれぞれのたぎるような愛国心。だが、その愛国心は個人の置かれている環境や、大切にするべきものに対する思いからのみ派生するものなのではないか。北朝鮮国境付近に居を構える漁師のナム・チョル(リュ・スンボム)。ある早朝、いつものように川に漁に出かけた所、境界線付近で網がスクリューに絡まりエンジンが焼き切れ、漂うままに南の(韓国の)領域に流れてしまう。南に流れ着いたナム・チョルは、南の当局に身柄を拘束される。ナム・チョルは北のスパイではな... ...続きを見る
ここなつ映画レビュー
2017/02/16 12:50

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内 容 ニックネーム/日時
中高生の頃、級友の影響で遠藤周作の作品は結構読んだ記憶がある。軽いタッチのユーモア小説が好きだった。でも沈黙とか海と毒薬のようなヘビーな作品には入り込めなかった。子供だったからね。宗教あるいは宗教的なものを舐めていたからかな。遠藤氏がキリスト教徒であることに違和感を持っていたかも。やっと最近、権力から遠く離れた周縁にいる者が異教に救いを求める心理とかも理解できるようになったかな。沖縄の人々の気持ちも。訪米する安倍はいじめっ子におもねる卑劣な野郎だね。一番嫌われる奴だよ。気持ちわりい
ヒラディー・クリキントン
2017/02/09 04:36
ヒラディーさん、トランプに敗れて残念でした。神経衰弱ですか? おっしゃる通り、今振り返ると、若かったからこそできたことと今ではもうできないこと、若かった時にはわからなかったことと今だからこそわかってきたことが、はっきりしてきました。よくそういうことを考えます。政治・経済・社会・世界の権力構造のこと、知れば知るほど暗澹となりますけど、知らないことは罪なので、もっと知らなくてはと思います。教えてくださいましな。
たぴお
2017/02/09 09:34

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