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zoom RSS 海は燃えている、ボヤージュ・オブ・タイム

<<   作成日時 : 2017/03/17 18:10   >>

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ドキュメントとフィクションのあいだのボーダレス。
母なる自然と卑小な人間。
人を隔てるボーダー。
ドキュメント2本。

2017年3月12日 ジャック&ベティ
『海は燃えている-イタリア最南端の小さな島-』 (ジャンフランコ・ロージ)

Fuocoammare 2016年 伊・仏 1時間54分 撮影:ジャンフランコ・ロージ 編集:ヤコポ・クワドリ
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タイトルとは裏腹に、この映画の海はおだやかだ。
おだやかだが、うねりが大きい。
うねりが大きいのに、きわめて静かだ。

イタリアの、地中海の、難民たちを呑み込む海も、母なる海。
致命的で、かつ、救いの海。
海は何も言わない。

登場人物たちが、話し、笑い、駆け回る。作業に集中する。料理をし、料理を待つ。沈黙し、涙する。
驚異的だ。
カメラの前で、カメラを意識しないのだ、誰も。

ショットのタイミングがよすぎるし、セッティングしているのか、とも思った。
台詞が決められて、演技をしているのかとも。
そうとうカメラは存在を消すほどに被写体に馴染んで馴染まれているのだろう。
(島に1年半住んで撮ったのだという)

そしてカメラは狭い場所でも雄大な自然を写すようにゆっくりゆっくり横にパンする。
家も人も海も悲しい事件も、すべて俯瞰している神の定点観測のように。

これが観察映画だというのなら、僕らはこの神様のカメラに常に観察されているのだろうか。

イタリアの南、シチリア島の南の、マルタ島のもっと南、ランペドゥーサ島。
その小さな小さな島には、5500人の住民に対して年間5万人を超える難民が、アフリカから中東から、命からがらたどり着く。
頻繁に上がる遺体の検分は、たった一人の医師には負担が大きい。

サムエレ少年はおじさん顔だが、まぎれもなく12歳で、手作りの木製パチンコに夢中。
将来の職である漁師になるために、船酔いをなくす練習をする。
切実な現実に苛まれるそばで、小さな希望の光もまた日々を送る。

(筋書きのある)ふつうのドキュメンタリーよりも、脈絡がなく余白に満ちて想像が膨らむ。
ふつうの物語よりも、詩情にあふれたドラマ。
フィクションとドキュメントのあいだのボーダレス・ゾーンがいちばんドキドキする。

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ジャンフランコ・ロージ監督は、前作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』でもドキュメンタリーでベネチア金獅子をもらい、今作でも同様にベルリン金熊をもらった。
独特のドキュメンタリー術は、「観察映画」の再定義を必要とするかもしれない。
未体験の人は一度体験してほしい。
初めは眠くなるが、そのうちじわじわとくる。
個人的意見だが、前作よりも今作の方がおすすめ。

下記のコラム、良記事です。
「大場正明 映画の境界線」http://www.newsweekjapan.jp/ooba/2017/02/post-32.php
「映画のあとにも人生はつづく」http://mikanpro.hatenablog.com/entry/2017/02/25/%E6%B5%B7%E3%81%AF%E7%87%83%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B_

★★★★



2017年3月13日 TOHOシネマズシャンテ
『ボヤージュ・オブ・タイム』 (テレンス・マリック)

Voyage of Time : Life's Journey 2016年 仏・独・米 1時間30分 脚本:テレンス・マリック 撮影:ポール・アトキンス 視覚効果:ダン・グラス
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テレンス・マリック監督は、ここにたどり着きたかったのか。
自然描写に対する並々ならぬこだわりと探求は進化を続け、とうとう神域と呼べるところまで達してしまった。

物語のための自然描写だったはずなのに、主客転倒したのか自然や宇宙が主役になり、いや、自然と宇宙を「撮る」ことが命題になったかのようだ。

高精細画像を撮る対象に限界はつくらない。
妥協なくテクノロジーとイノベーションを追求してゆくあまり、その過程でいつのまにか現実の実写を超えてCGによる創造物に命を吹き込んでいた。

観る者はその境界線がわからない。
実写とCGのあいだのグレーゾーンがいちばんドキドキする。

(必然的に撮影は、長年タッグを組んできた無二の天才エマニュエル・ルベツキの手から離れ、むしろ10年にわたって視覚効果を追究してきたダン・グラスのチームの功績が大きい)

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ナレーションは
「母よ、・・・」
と繰り返す。
「なぜ何も言わないのか・・・」

自分という小さな存在に対して圧倒的に偉大なもの。
グレート・マザー、グレート・ネイチャー。

自然は、宇宙は、つまり神は、何も答えない。

海原、山脈、渓谷、大地、大河を空撮し、
上空から光年のかなたの天体へと突き進む。
海中の生物と潜り、人体に密着し、
地上の生物、恐竜、人類がともに進化する。
現代都市の景観。

ああ、そうか・・・
前作『聖杯たちの騎士』では、主役のモテモテ脚本家の美女ばかりとの女性遍歴をナルシスティックにカメラを動かして仰々しく総括するような意味不明な作品にしていたが、あれは人類学的観察記録だったのか。
そう考えると、今までの彼の40年間のすべての作品がここに行き着く。

ナレーションのセリフはメランコリックで、全編を通してしきりに自分にとっての母なる世界への憧憬・賛美・畏敬・思慕を謳っている。
それゆえに、「ドキュメンタリー」の枠組みに入っているとは気づかなかった。
これはやはりキリスト教文化ゆえの本能的こだわりなのだろうか。

抒情的ではあっても、ポエティックなインスピレーションをあまり感じない。
90分の間、ほぼ同じトーンで同じような内容をひたすら訴える。
告悔のように。

「ナレーション:ケイト・ブランシェット」という触れ込みだが、東京近辺の上映館では「日本語吹き替え版:中谷美紀」でしか上映されていない。
字幕より映像に集中してもらいたいからなのだろうが、英語のナレーションを聞きたい人にも配慮されないと困る。
もちろん、中谷美紀のナレーションはすばらしかった。

さてマジック・マリック、この先はどこへ行くのだろう。
もう行くあては無くなってしまったのではないかと心配する。
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★★★☆

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