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zoom RSS カンタ!ティモール、真白の恋、光のノスタルジア

<<   作成日時 : 2018/01/13 11:50   >>

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年の明け暮れ、田端の小さな小さなユニバーサルな映画館

2017年12月19日

『カンタ!ティモール』
広田奈津子

2012年 日本 1時間50分 ドキュ
シネマ・チュプキ・タバタ
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もう完成から5年たつが、2017年11月9日、主役のアレックスが急逝し、追悼上映が東京・田端で12月29日まで、と知り、駆けつけたのだった。

上映後に、つい先日12月10日に執り行われたばかりの追悼式の模様を特別上映(約25分)
これがまた感動にふるえる、貴重な記録。
監督からの挨拶は、積年の思い募るメッセージで、作品やティモールの背景や現状もわかり、必見。

こんな素晴らしい作品を観た後で、一体僕はどうすればいいのだろう。
というのが、正直な気持ち。
泣けてくるし、言葉にできないし、見てもらうために拡散しなきゃいけないし。
ため息。

最初のショットで心を摑まれた。
あの笑顔、笑顔、笑顔。
子どもたちは、みんな、例外なく愛くるしい。
アレックスの人一倍ひとなつっこいまなざし、やさしい歌声。
全編、陽気な唄と踊りと笑顔にあふれてる。

ところが、その背景には、ティモール独立運動を弾圧する筆舌に尽くしがたい人民殺戮が続いていた。
ほとんどの人は家族や親友を奪われ、3人に1人が命を落とした。
少女たちには学校でピルを飲ませ続け、レイプの対象とした。
夫を奪われた女性は、子どもたちを守るために兵士たちの性の奴隷になり続けた。
ゲリラとなって抵抗した男たちは、24年間ものあいだ、ジャングルで生と死の間をさまよった。

東ティモールで悲惨きわまりないことが起きていたことはうっすらと知ってはいたけれど、ここまでとは。

驚くのは、その明るさと、生き地獄の、落差だ。

インドネシアの伝承文化は、精霊とともにある。
神も妖怪も、人々の心に根付いていて、自然に感謝することを忘れない。
常に歌と踊りを忘れない。
どんなに悲しい目に遭っても、家族を殺されても、やり返すことをしない。
相手兵士を捕まえても、なぜこんな戦闘状態になったのかを教え、話し合い、生きて返す。

平和のための実践、ここに究極の姿がある。

そしてまた。
ここにも日本の甚大な“加害”が。
インドネシアへの援助の名のもとに提供された莫大な資金は全て、ティモールを攻撃する戦闘のための資金となった。
近海の油田の利権のために独立を阻んだのだ。

これをどれだけ報道したのか?
自分はこれをどれだけ知ろうとしたのか?

沖縄問題と同様、都合の悪いことには耳をふさぐ日本人であることに、また情けない気持ちになり、二重に胸が潰れる。

しかし、アレックスらの若者や老人たちは日本やインドネシアへの恨み節を言わない。
数々のポジティブな言葉、人々や子供たちの陽気な表情に、信じがたい「人間の強さ」を見る。
戦争を作り続ける所謂「先進国」はこれでいいのか?と憤りつつ。

「何か必要なものがあったら言って」と問うと、寄付金とかそんな言葉は出ず、
「あなたのするべきことを、あなたの場所で全うしてください。それが、平和のためになります」と言われる。

日本人が日本で誤ったことさえしなければ、ティモールはあんなことにならなかったかもしれないのだ。
痛烈に自戒しなければいけない。
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当時23歳のNGO勤務の女性・広田奈津子監督は、監督になろうとすら考えていなかっただろうに、10年かけて、こんな価値ある作品を撮り上げてしまった。
なんて知的で美しく、魂の澄んだ方なんだろう。
その感受性と行動力に感心しきり。
ナレーションの声も囁くようで、女優より沁みる。

追悼式では、この15年間のアレックスとの交流のおかげで得られた、戦争を終わらせる知恵、平和への希求を捨てないスピリットを語ってくれた。
彼にも奥さんと5人の子どもができ、「お互いおじいさんおばあさんになって、昔は戦争があったね、って振り返りたいね」と話したこと。
そして、彼の遺言となった長いメッセージを暗誦してくれた。
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語り尽くせない。
オー、マルシーラ、
オー、ウルシーラ、
あの歌もいつまでも頭の中をリフレインする。


是非こちらのサイトをご覧ください。
シネマ・チュプキで昨年(2017)5月に行われたトーク&ライブイベントの模様です。

http://www.tabatime.net/cantatimor/
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2018年1月7日

『真白の恋』『光のノスタルジア』の2本が併映されていたので両方見た。
それぞれ、脳みそを洗われる体験をさせてくれる作品だったが、びっくりしたのは、全く違うタイプの二つが、同じテーマを持っていること。

光あるところに陰がある。
「明と暗」どころではない、惨憺たる悲劇が現実の陰に埋もれている。
その対比を極限にまで鮮明にしたのが『カンタ!ティモール』だったし、地獄の底にいても常に森の精霊を味方に付け、歌と踊りで希望を取り戻し、「敵」すら憎まず前向きに話し合う生き様を見せるのもティモール人だった。

そして、この2本。

大自然や宇宙の清冽で神聖な光景を前にして、地上の悲惨な現実がちっぽけに見えること、一方で自分の全てが受容されていること、自分と宇宙がつながっていること、だから現実でも上を向いて生きていけること。

そんなテーマを掲げた映画を誇らしく思うと同時に、これを同時上映するシネマ・チュプキの作品選定がすばらしいと思った。


『真白の恋』
坂本欣弘

2017年 日本 1時間37分
シネマ・チュプキ・タバタ
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なんてピュアな作品。

主人公の真白もピュアの最たるものだし、登場人物のキャラクター設定やテーマや物語展開も、ひねくれたところがひとつもない。

物事を斜めからしか見られなくなった人間から見て、通常「真っ直ぐすぎる」ものは嘘くさくて敬遠してしまうもの。
でもこの「ひねくれていなさ」加減は、「軽度知的障碍」をもつ主人公のおかげでなんの屈折もなく感受できるし、作り手のメッセージもフィルターの必要なくストレートに入ってくる。

「かわいいのにもったいないな」という友人の発言に対し、真白の兄は「『もったいないのに』なんだよ? 別にもったいなくなんかないじゃないかよ」という異議のセリフ。

「『障害』ってなんですか?」と問いを発する青年カメラマン。
仕事や人間関係で現実に適応しかねる彼が、「だったら僕だって立派な障碍者ですよ」

「障碍者」に対する偏見は、世間にも勿論あるが、家族にもある。
「普通じゃないから」「男と付き合ったら弄ばれる」「迷惑がかかるし、彼女も不幸になる」
小学生当時、誘拐被害にあった過去があり、余計に心配し過保護になる両親。
「俺達には真白を守る責任があるんだよ!」

「障碍があると、人を好きになっちゃいけないの?!」と反発する従姉。

冬山に、東京に、さすがに連れてはいけない、と躊躇する青年に、
「どうして連れて行ってくれないの? 私に障害があるから?」と真白。

よく耳にするセリフばかりでも、ポイントを的確に突いたシナリオのなかではハッとさせられる。
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富山県射水市の港町という舞台設定。
橋や水路、海岸や漁船のある風景を効果的に配し、水上からの街並みや雪景色や神式の結婚式など都市とは対照的な空気と時間が流れる。
東京から来たカメラマンは舟で水路を移動し、真白と街のあちこちを自転車で移動し、最後は雪山を目指す。

立山連峰の頂上から見る朝日に、自分の全てを受け入れてくれた気がした、という体験を語る青年。「大丈夫だよって言ってもらった」
行けなかった真白は、
「私もいつか行く。『大丈夫』って言ってもらいたい」と、決意し、清々しい表情に戻る。

シンプルだが、これだけわかりやすく端的に、やさしい表現スタイルで、かつポジティブなメッセージのある作品は、例に洩れず「観客賞」を獲る。(なら国際映画祭)
それもそのはず、オリジナル脚本の北川亜矢子岩井俊二監督の門下生。
富山が地元の監督・佐藤欣弘は助監督歴10年を経て、資金を集めながら3年かけて制作した監督デビュー作。
主演の佐藤みゆきは映画初出演で主演。障碍者施設で体験学習したうえでの好演だが、33歳と知ってまたびっくり。(道理で、童顔の表情に比して声がアンバランスだな、とは思った)

★★★★


『光のノスタルジア』
パトリシオ・グスマン

2010年 仏・独・チリ 1時間30分 ドキュ
シネマ・チュプキ・タバタ 
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1970年代に巨編『チリの闘い』3部作を撮ってピノチェト政権に追われたグスマン監督が、スタイルをガラリと変えた無類の発想の作品で戻ってきた。
ドキュメンタリーとなってはいるが、「脚本」が実際に受賞対象になったように、思索的な「映像エッセイ」と呼んだ方がいい。

天-地-人。
天と地の間に人が這いつくばっている。
愚かな人間たちは愚と悪を繰り返し、大地に無数の遺体を敷き詰めている。

アンデスの際(きわ)、チリのアタカマ砂漠は、天体観測の聖地として研究者が集まるところ。
その3000m級の台地は、ピノチェトの殺戮に散った亡骸と骨が地層となっている。

人は遺骨を探して地面を掘る。
家族の骨を掘りに、毎年やって来る。何十年も。

また人は星を探して空を見上げる。
星を見ては、思いを馳せ、癒される。
星になった人も自分とつながっていると感じられる。

星の光は、遠い過去を映す。
地層は、近い過去の記憶。しかし隠されている。

決して忘れない。
記憶は消えない。
大地と宇宙は、人を含めて一体だ。
人の歴史も、地球の歴史も、宇宙の歴史。

一瞬一瞬、現在は過去になり続け、過去でしか存在しえない。

自然科学(天文学)と歴史(考古学)をめぐって思考は飛躍し交叉し、負の現実が過去になる一瞬を生きながら、希望の未来を臨む手立てを考える。
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