演劇版「秋のソナタ」と満島ひかり

2013年11月3日 東京芸術劇場シアターイースト
演劇『秋のソナタ』

脚本:イングマール・ベルイマン 翻訳・台本:木内宏昌 演出:熊林弘高 出演:佐藤オリエ、満島ひかり

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「冬ソナ」じゃないの? なんてことは決しておっしゃらないように。恥をかきますよ。
オリジナルは、映画・演劇界の巨匠、イングマール・ベルイマンの原作・脚本・監督による映画作品。室内劇としても名作中の名作。ご覧になってない方は、なんとしてでもDVDなどで見る機会をつくっていただきたい。
2011年3月22日の当ブログ記事をご参照ください。http://tapio.at.webry.info/201103/article_6.html

切っても切れない母と娘の、切り傷のないトラウマ内出血おびただしい恩讐の果ての、愛憎の極北。

リブ・ウルマンと母イングリッド・バーグマンの確執を描くが、実際はこの時ガンが再発していたイングリッドが、苛立ちながら監督に挑みかかっていった、もうひとつの対決でもあったらしい。

そういったスクリーン内外の「情念」とは別に、映像表現のうえでも、室内でほぼ二人だけの心理劇としては、お手本というべきマエストロ的技巧が施されている。

この「完成」された映像作品は、世界各国で何度も舞台化されたようだが、今年日本で、ヴェテラン舞台女優・佐藤オリエと、大躍進中の若手・満島ひかりの二人芝居として、36歳の熊林弘高が演出した。

満島ひかりは、この芝居の打診が来たとき、映画を観ていない段階で即決したが、その後映画を観て「ありゃ」「うわ、これをやるんだ」と思ったという。
しかし「知らない感情を見つける欲望」が彼女を動かしているのだそうだ。

映像表現とは、言ってみればモンタージュだ。ある意味、役者としてはごまかしがきく。
舞台では、モンタージュがなく、ごまかしがきかない。
モンタージュがあるとすれば、観客を集中させて我々の脳内で高度なモンタージュをさせるために、その場で同時進行で役者と演出家と舞台芸術家たちが結束して仕掛ける、濃密な時間と空間のおかげだ。

蝋燭やスポットライトだけの暗闇のなかで、低い舞台におかれたのは白いクロスがかかった食卓と椅子のみ。
第3の主役でもあるピアノもない。進行性の神経難病と思われる重要なもうひとりの娘も、姿はない。存在はするが、声は悲痛な泣き声だけ。

極端に省略され抽象化された設定で、二人の肉体と声がむきだしになり、緊迫のドラマをつくる。
客席の目と耳が研ぎ澄まされる。

始まって数分後、地震が起きたが(震度2程度)、満島ひかりは何も感じなかったかのようにセリフを続ける。

情報量の少ない空間で一挙手一投足が意味を持ち、抽象表現が具象になる。
指先の震えから、声の震え、足の擦る音、まばたきのタイミングまでが、情報となって空気を伝播する。

静のあとの動。
動のあとの静。
そのコントラストに、何度も息を呑む。

身体と、その動きと、表情と、声と、抑揚と、沈黙と、絶叫と。
音と光が輪郭をつける。
感情が炸裂するやいなや、暗黒物質が支配する。

母と娘の対決は、女優ふたりの対決でもある。
お互いの化学反応が日々変わっていき、舞台上でも同じことはできない。「相手がこう来たら、今日はこうかわす」と二人は語っている。

客席の通路も歩き回る。
僕から2mも離れていない間近まで来て演じる満島ひかりに感激。

この生(ナマ)の感覚こそ、演劇の醍醐味。
1幕物、90分。二人が出ずっぱりだからセリフの量は膨大。
8200円は映画の4.5倍だが、価値はある。
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映画やTVドラマで鬼気迫る演技力と憑依力で異彩を放つ満島ひかりだが、舞台でも昨年あたりからは気鋭の演出家に熱望され主役に抜擢されることが相次いでいる。
(ただ、やはりヴェテランの佐藤オリエには基礎的な発声のレベルで格の違いを感じる。抑揚や発語一音一音がしっかりできていることが、どれだけ観客を安心させるか。その点、満島さんには伸びしろがまだまだあるということでもある。)



『鎌塚氏、すくい上げる』 (作・演出:倉持裕、主演:三宅弘城、2012年8月9 - 26日、本多劇場)は、ややスラップスティックだが上品なスクリューボール・コメディで、すっきり楽しめた。劇中、満島さんがカラオケ風に生歌で「少女A」(中森明菜)を堂々と歌い上げ、得した気分になった。

『ミュージカル 100万回生きたねこ』 (演出・振付・美術:インバル・ピント&アブシャロム・ポラック、2013年1月8 - 27日、東京芸術劇場)は衛星放送で見た。森山未来とのW主役猫で、大掛かりなステージだった。森山に比べると、歌・踊り・セリフともそれほど多くはない。最終章の白猫役はとりわけ可憐で魅了される。

今年の5月25日に見た『いやむしろわすれて草』 (作・演出:前田司郎、2013年5月16 - 26日、青山円形劇場)は、今回の『秋のソナタ』に近いタイプの芝居。
360°客席に囲まれた円形の舞台上、暗闇の中のスポットライトに浮かび上がるシンプルなベッドに、主役の三女役・満島ひかりは、ひとりずっと居続ける。そのままの情景で、他の三姉妹や人物が往還し、幼少期と現在が入れ替わり、自宅と病院が入れ替わる。
駄々をこねたり他愛もない言い合いをしたりするすぐそばに、果てしなく深い悲しみの井戸がのぞいている。沈黙と闇が強調され、静寂がすべてを語る。日常の中に常に絶望がある誰かと、少し共振できるかもしれない、そんな作品。




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