ドキュメンタリー沖縄戦/あゝひめゆりの塔/愛と死の記録

2020年8月


『ドキュメンタリー沖縄戦  知られざる悲しみの記憶』
太田隆文
監督
2019年 日本 1時間45分 ジャック&ベティ

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「鉄の暴風」とは。
沖縄のおじいおばあがよく口にするけれど、イメージが湧かなかった。
「カンポーシャゲキ」とは。
これ(=艦砲射撃)も同じく、具体的になにが凄かったのか、よく知らなかった。
沖縄の映像や本を少なからず目にしてきたはずなのに。

それが、このドキュメンタリーを見れば、ショックとともに即効納得。
本当に鉄の弾の暴風なんだ。
やはり映像は強い。

つい先日、8月2日のNHKスペシャル『沖縄“出口なき”戦場~最後の1か月で何が~』を見て、艦砲射撃の何が特別だったのかを知ったばかりだった。

沿岸を埋め尽くした何十隻もの軍艦から、何百万発もの砲弾が、内陸まで射程距離も十分に、目標地点に正確に、何日間にもわたって連射されるのだ。
道に大きな穴がボコボコ残り、街の壊滅どころではなく、地形が変わる。
不発弾も何十トンといわれ、いまだに処理が続く。

沖縄以外の本土でも戦争末期には数か所で艦砲射撃は行われているが、これだけ徹底集中してやられたのは他にない。
もちろん空爆も行われているが、艦砲射撃の方が当時は効率がよかったのだという。
弾薬搭載量と威力と正確さの点で。
なにせ米軍の軍事技術の進化は、200ヤード(183m)四方のマス目を引いたグリッドマップ上の地点に正確に砲撃できるレベルだったのだ。

そういった情報に、この映画の記録動画が裏打ちされ、その凄まじさをあらためて脳裡に焼き付けることができた。

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本土決戦のための捨て石となり唯一の地上戦となった沖縄戦だというのに、75年間、その中身については、あまり知られてこなかったようだ。
映像などで作品化されてこなかったせいだろうか。
劇映画では、『ひめゆりの塔』の4作品ばかり。
『ひめゆりの塔』(今井正/1953)
『あゝひめゆりの塔』(舛田利雄/1968)
『ひめゆりの塔』 (今井正/1982)
『ひめゆりの塔』 (神山征二郎/1995)
他には岡本喜八監督の実録もの『沖縄決戦』、最近発見した古川卓巳監督『沖縄の民』ぐらい。
『太陽の子 てだのふあ』(監督:浦山桐郎/原作:灰谷健次郎)は、沖縄戦を包み隠しつつ仄めかすという手法で文学たらしめている。

だから今回の沖縄戦そのものを正面から扱ったドキュメンタリーは、今後永久保存版として貴重な資料となるだろう。
「中学生でも難なくみられるように」わかりやすく作ったという入門編でありながら、この数奇で狂乱無比な戦争の本質をとらえている点で、老いも若きもすべての人にとって知識のベースになるべき教材となっている。

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ありがたきことに、証言してくれているのは各地で九死に一生を得て生き延びたおじいおばあたち。
トラウマを乗り越えて、記憶が風化しないように、必死でカメラに語ってくれた。
たとえ語り部がいなくなっても、このフィルムに刻印された言葉と声と表情が、まざまざと過去を甦らせてくれるだろう。


集団疎開の子供たちを乗せたまま撃沈された対馬丸から、数日間漂流して助かった女性の悲憤。
「集団自決」ならぬ「強制集団死」から生き延びた男性の悲嘆。
ガマにいた仲間たちから「赤ん坊がうるさい」と追い出された女性の慟哭。

なぜ親は可愛い我が子を殺さなければならなかったのか。

「軍は民を守ってくれなかった」
「兵隊は自分たちのために住民を殺すことさえ厭わない」
と、誰もが証言する。

なぜかわいい子たちが自分や兄弟を殺さねばならなかったのか。

皇国教育は「生きて虜囚の辱めを受けず」という洗脳を施し、軍は手榴弾や青酸カリを住民に手渡した。

なぜ6月に沖縄戦が集結してからも、8月15日に終戦してからも、沖縄の戦争は終わらなかったのか。

密告を恐れるあまり、日本人どうしのスパイ狩りが始まった。
そうさせていたのは陸軍中野学校出身の赴任者たちだ。

たしかな資料と取材と検証を蓄積してきた8名の専門家たちは、詳細に解説をしてくれる。
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米軍の記録映像をもとに地上戦を時系列で追いながら、インタビューが挿し挟まれる。
ときに証言の声のトーンが高まると、凄惨な実態を示す記録映像がフラッシュバックされる。

戦争体験者である宝田明のナレーションは、終盤には激情を抑えられずに涙の訴えとなる。

遺体の映像が苦手な人もいるだろうが、単なる教育映画ではなく、見飽きさせない作りになっているし、なによりも、生き証人であるおじいおばあの生々しい実体験の語りには、胸がつまり唇は震え目が離せない。

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集団に自決をさせた、つまり自決ではなく強制死であることはいくつもの資料で明らかなのに、国は一切認めない。
皇国教育という洗脳で死なせ、片や英霊の名のもとに死んだ人を讃える。

あるいはまた、裏切りの逃亡兵やスパイという名で抹殺し、はたまた外国人という名で捨て去る。

いずれも国家は国家のために国内の人民を殺し、責任は一貫してとらない。
いや、「責任があった」とも言わない。

沖縄については、さらに「二級国民」扱いだ。
「本土と同じ国民でありながら、本土は沖縄を見下し、劣等の扱いをしている」と米国に見抜かれ、そこを見事に利用された。
米軍は沖縄と本土の関係や歴史を研究し、本土が沖縄を捨て石にすると見抜いていたのだ。

そして。

戦後はどうなったか。
沖縄だけ占領地として残され、米国と日本の二重支配が続いた。
返還がかなって半世紀近くたった今、何が変わっただろうか。

沖縄戦を見ることによって、今に至る戦後の沖縄の屈辱的支配がよりよく理解できる。
明治政府による琉球処分以来の、ウチナンチュのルサンチマンに少し近づけるかもしれない。

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当たり前のことを言うが、戦争の記録を見たり聞いたり読んだりするときに心しなければいけないのは、「被害」を悲しむことだけではない。
戦争は<敵/味方>つまり<加害と被害>の両面あるのだから、もちろん「加害」をしたこと、相手の「被害」への悲しみを感じ責任を負うこと。

そこには戦争を仕掛けた方の責任云々は超越していて、原爆投下を反省しない米国が日本の真珠湾先制攻撃にすべての責任を担わせていることもまた理不尽だ。
(真珠湾攻撃についてはルーズベルトが事前に察知していながら放置したという陰謀説もある)
市民を巻き込む無差別攻撃は、局面局面において、相対的ではなく絶対的に非難されるべきものだと思う。

さらにその「被害」は、相手国によってもたらされた無差別攻撃への怒りも妥当であると同時に、自国によって「さらなる被害」へと仕向けられる、国家権力とその狂信者への怒りも感じなければならない。
国家と軍の、市民への裏切りと蹂躙は、ときに米軍の無差別攻撃に対する怒りをも凌駕してしまうこともありうる。

だから沖縄戦を知るにつけ、米軍のみならず日本軍に対しても、二重の怒りがはっきりと自分の中に身をもたげてくるのだ。


糸満市摩文仁の丘の「平和の礎」には、沖縄戦で亡くなった国籍や軍民問わず全ての犠牲者20万人以上の名を刻んで慰霊している。
「靖国」との違いは歴然だ。

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沖縄の「戦後」については、ドキュメンタリー映画が最近たてつづけにつくられるようになった。
DVD化されているもの、配信されているものもあるので、調べてアクセスしてほしい。
※尚、下記のリストはすべてこのたぴおかブログ内にレビューが書かれています。ブログ内検索で探してみてください。

『沖縄列島』(東陽一/1969)
『沖縄 うりずんの雨』(ジャン・ユンカーマン/2015)
『標的の村』(三上智恵/2013)
『戦場ぬ止み』(三上智恵/2015)
『標的の島 風かたか』(三上智恵/2017)
『沖縄スパイ戦史』(大矢英代・三上智恵/2018)
『OKINAWA1965』(都鳥伸也/2017)
『米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー』(佐古忠彦/2017)
『米軍が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』(佐古忠彦/2019)

※劇映画『沖縄』(武田敦監督/地井武男主演/1969)も必見。
これとドキュメンタリー『沖縄列島』は、本土返還前の米軍統治時代にロケを敢行した稀有なフィルムだ。




『あゝひめゆりの塔』
舛田利雄
監督
1968年 日活 2時間5分 録画
吉永小百合、浜田光夫、和泉雅子、二谷英明、中村翫右衛門、乙羽信子、ほか

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息が苦しい。
胸が潰される。

最後の最後まで救いがなく、観終わってもしばらく涙が途切れない。


終戦の一年前、師範学校の教育実習生として希望に燃えていた時期から物語は始まる。
しばらくして対馬丸の悲劇があり、住む島が激戦地になる予感が日に日に高まってくる。
一年後の6月末、ひめゆり学徒隊が解散するまでを、戦況も包括して描いている。

劇映画としては、岡本喜八の『沖縄決戦』よりも、地上戦の最前線、女子供まで巻き込んだ軍民一体の修羅場がつぶさにわかる点で、ずっと的確で核心をついた作品だと思う。

舞台の一つとなった「南風原(はえばる)陸軍病院壕」は、その旧跡が一般公開されている。
当時の地獄の様相を知るにはここがいちばん。
記念館も併設されているが、壕の中へも案内してくれる。

壕の外では「飯上げの道」をおしえてくれた。
ひめゆり学徒隊が飯炊き場から壕まで食料を運ぶ道は、常に空襲に晒される危険な道。
この映画でも悲劇を生んだシーンとして再現されている。

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この映画も学校で必修教材として使ってほしい。
もちろん、現地のひめゆりの塔や南風原病院壕に足を運ぶことも。

★★★★



『愛と死の記録』
蔵原惟繕
監督
1966年 日活 1時間32分 録画
吉永小百合、渡哲也、佐野浅夫、ほか

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小百合さんの主演じゃなかったら、僕はここまで食いついただろうか。

渡哲也吉永小百合の純愛カップルのウブなやり取りや仕草が、ほほえましい以上にクサくて笑ってしまうほどなのだが、話は徐々に深刻になり、命の話と原爆の話が急速にクロースアップされてクライマックスへ向かう。
そこから先のラスト30分に何があるのか知らずに観ると、小百合さんの演技が予想を超えて違う次元へ行ってしまうのに驚く。

結末に救いがないのは『ひめゆり』と同じく。
社会派告発映画として、毎年8月になると思い出される映画のひとつになっているだろう。

終戦の年に生まれた吉永小百合20歳の時に撮られた作品。

(その2年前に撮られた同じく小百合さんの純愛もの『愛と死をみつめて』は全く別物)

★★★☆



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